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【時事】若者を取り戻すのではなくクルマ社会を変えていく必要性

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男子学生が「ヤマグチさん、僕達はクルマなんか要らないんです」と直言:日経ビジネスオンライン

 

非常に面白い記事だった。「なぜ若者は車から離れたのか」→「もともと近づいた経験がないので、離れているという意識がない」。どの論文も読み応えがあった。

 

かねてから、若者の本音を聞いてみたかった。クルマについてどう考え、感じているのか。期待を裏切らない答えが返ってきた。

 

ただ、今の若者たちは、ただ変化がしたくない、動かしたくない、物欲がない、とか、そういうわけではなさそうだ。それは、以前からも思っていたし、この記事からも、感じた。

 

彼らなりの思考であったり、評価基準がある。動くための動機になるベースが、我々とぜんぜん違う。「携帯やスマホでゴニョゴニョやってないで、外で金を使って遊んでこい!」と我々世代は思ってしまうが、彼ら・彼女らが、携帯を使って 何をゴニョゴニョ やっているのか、本当のところは、我々世代は把握できていない。把握できていない、ということをまず理解するべき。

 

我々世代にとっては、クルマはデートのアイテムであり、ファッションであり、物欲や所有欲や見栄や、そういうものを満たすためのシンボル的なものであったけど、今、そういう社会風潮ではなくなったのは事実。我々はそれを過去の記憶(思い出)とともに、名残惜しんでいるだけかもしれない。

 

2ページ目に学生がこんなことが書いてあるね。

 

引用:

長らく若者のクルマ離れが叫ばれています。しかし私を含め若者は、そもそもクルマに近づいてなどいないのです。

 

なぜ、興味がないのでしょうか。初回の今回は、「なぜ私はクルマに興味を感じないのか」を考えてみます。

 

最も大きな要因は、「買うお金がないから」ではなく、「必要がないから」です。なぜ必要ではないかと言えば「公共交通機関が発達しているから」となるでしょう。しかし私の真意はそこにはないのです。私は、他人や自然環境に迷惑をかけてでも手にしたい欲求と規範とを天秤にかけるのです。

 

クルマに乗れば、交通事故で人を殺すかもしれません。排ガスは自然を破壊するかもしれません。維持費は他の支出を圧迫するでしょう。それにも関わらずクルマが欲しいのであれば、買えば良いでしょう。お金がなければ貯めればよいでしょう。けれども私には、これらのデメリットを越えるほどのメリットが感じられないのです。コンコルドがその速さ以上に環境に負荷をかけることによって進化の袋小路に入ってしまったことを想起せざるを得ないのです。

:引用終り。

 

もちろん、この彼のコメントが若者代表ではない。彼らは、都心にある有名大学に通うインテリ。地方の大学生であれば、クルマは今だに「足」として必要な人も多いだろう。ただ、総じて、こういう考え方を持つ、持ち始めている若者が増えている、ということは言えると思う。

 

社会への関心とか、ボランティアへの参加とか、エコへの興味とか、そういうものについては、少なくとも我々が「若者」と言われていた頃よりも今の若者のほうが、ずっとしっかりと自分の意志をもっているように感じる。

 

クルマメーカーだけの問題ではなく、社会全体の問題だと思う。エコシステムというべきものか。本記事中にも、カーシェアリングについてコメントしていた学生がいたが、あれを実現するためには、クルマメーカーだけでなく、社会全体が変わっていく仕組みの変化が必要。また、車検制度や税金、駐車料金など、維持するための固定費の高さが、他と比べても際立ってきており、そういう部分の根本的な改革も必要だろう。

 

以上。