Sakak's Gadget Blog

商店街、街並み、旅先で出会った瞬間を夢中になって撮っています。名古屋。

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【雑記】途中の景色を楽しむために

Sky_1

昔は、名古屋出発で、京都・大阪くらい迄なら日帰りドライブコースだった。最近は、運転持久力がめっきり落ちたこともあり、電車を選ぶ。やむなく電車といより、電車の移動が好きになってきたから、という理由も大きい。

 

電車のスピードが好きだ。時間に余裕があれば、新幹線よりも在来線のほうがより楽しめる。その土地にはどんな店やどんな施設がたっているのか、街の看板を目で追っているだけであっという間に時間が過ぎていく。

 

新幹線や高速道路が発達して、自分の感覚以上に早く目的地に到着したと感じることはないだろうか?私の場合でいえば「さっき名古屋を出たばかりなのに、もう東京に着いちゃったの?」っていう感覚。人間が感覚として理解できるスピードの限界というものがきっとあり、それをすでに超えているのだろうね。良くも悪くも。

 

Osaka Station_1

時間の感覚が麻痺する理由の1つにスマートフォンがあるように思う。手元にあれば、ちょっとした空き時間に手が伸びる。ただ、私はこれからそういう生活スタイルを改めようと思っている。時代に逆行しているのかもしれないが。

 

いつも手元にあるスマートフォン。つねにオンラインの状態。その環境が我々に何をもたらすのかを車窓を眺めながらずっと考えていた。スマートフォンという魅力的な道具を手にしたことで、途中の景色を楽しむということを忘れていたのではないか。

 

テレビは「思考を停止する」という。では、スマートフォンを通じて見ているネットは違うのか?使い方を誤れば、結局、同じではないのか?

 

通勤時間、街に出てお茶を飲む時、レストランで食事をする時、子供を遊びに連れて行く時、家族と買い物に来ている時、仕事の休憩時間、生活の中でいろんな空き時間がある。その空き時間がすべてスマートフォンを見ている時間だったとしたら?思考がそこで停止しているのだとしたら?とても気持ち悪くなってくる。

 

私にとっては、上に書いたような時間は「つぶしたいほど、暇な時間」ではない。頭を空にしてぼーっとすることだって、必要な時間だからだ。頭に何かを流し込んで満足している人が多すぎる。

 

友人とおしゃべり中にスマートフォンをちょこちょこいじる人がいる。とても気になるし、相手に失礼だと思う。児童館に子供を連れてきた親が、子供を遊ばせておいて、自分はスマートフォンフェイスブックに投稿している。何が大事なのか?

 

私はiPhoneというプロダクトが好きだから手放す気はないし、これからも持ち続けるだろうがネットを見るという時間は極端に減らしていくつもり(すでにそうしている)。iPhoneの設定画面で「機内モード」にしておくと、カメラ機能だけは残し、通信を全てオフにできるので良い。バッテリーも持つし。

 

自分が知りたい情報は、家に帰ってからパソコンでまとめて取れば良いと思う。ガラケーを今でも使っている人の気持ちはよくわかるし、そういう感覚を大事にしてほしい。無理してスマートフォンにしなくても良いし、壊れて修理不能になるまで使えば良い。

 

無理してスマートフォンにしてしまい、ガラケーに戻したいと言っている人を、私は何人も知っている。

 

以上。