■自分のことをよく思われたいというキモチ
若いころ、世間体やひと目ばかりを気にしていた頃があった。そう強く意識していたわけではないが、今振り返れば結果的にそうだった。
よく思われたい。相手が喜ぶことをしたい。
恋愛も、仕事も、趣味の仲間に対しても。
「自分のことをよく思われたい」というキモチが、他の何よりもプライオリティーが高かった。
「自分のことをよく思われたい」と思うあまり、「気に入られるための自分」を作り上げ、常に全力投球していた。優しくすれば、自分の元から離れないだろうと、(今になって思えば)勝手なことを考えていた。そこに、本当の自分はいなかった。好意をもった相手に気に入られるための自分だった。
■自分は自分らしく生きるしかない
30歳を過ぎて、いろいろあって、ある時、私の中で何かが吹っ切れた。
自分のことは、じつが自分が一番わかっていなかった。そして「自分自身では自分のことはわからない」という結論に達した。
自分自身のことがわからないのだから、「相手のために気に入られる自分」という認識も、相手にとって、全く見当違いなものになっている可能性が高い。
自分の背中は自分では見えない。相手が、自分のどこを見ているか、どこを気に入ってもらえているのか、どこを苦手だと感じているのか、けっきょく、わからないことがほとんだ。
だから、自分は自分であるしかない。
「誰かのため」に生きるのではなく、自分が自分らしく生きるしか、ない。
ある種、あきらめというか、もうどうでもよくなった、というか。
そう考えられた時から、私は人付き合いがものすごく楽になった。プライベートでも仕事でも。
■自分らしさとは何か
自分らしさとは何か。
自分が正しいと思う考え方、自分が進みたいと思う道、自分が読みたいと思う本、自分が観たいと思う映画、自分が聴きたいと思う音楽、自分が欲しいと思うモノ、そういうコダワリが、その人自身を作り上げている1つの姿であり、その人らしさ、なんだと思う。
だから、そういうコダワリは、誰かに合わせるのではなく、伸ばしていく、伸ばし続けていくことが大切なんだと思う。
一生付き合うことになるのは、自分だけだから。
■どんな自分なのかを知る方法
そして、自分がどんな自分なのかを知る方法は、ただ一つ。
誰かに教えてもらうこと。
そして誰かに教えてもらうための方法は、自分を表現すること。
せっかくネットいうのものがあるので、それを便利に使ってみる、というのも手だ。
ネット上にはさまざまなサービスがあるが、SNSもTwitterもブログもPinterestも、自分を表現できるツールだ。そういうサービスを使って、自分を表現できるというのは楽しいと思う。自分がどんな自分なのかを、誰かが教えてくれる可能性があるから。
私がブログを書く理由は、私がどんな自分なのか、誰かに教えてもらいたいから。
だから、今日もブログを書く。
以上。