Sakak's Gadget Blog

商店街、街並み、旅先で出会った瞬間を夢中になって撮っています。名古屋。

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【時事】ネットの役割。

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(1)再生JALの心意気/さかもと未明(漫画家)- Yahoo!ニュース 

(2)「子供は泣くさ」物議醸した“搭乗マナー”問題、つんくや乙武さんの発言に共感の声多数 | RBB TODAY 

(3)子供の泣き声にすげえいらいらする側の意見 - 24時間残念営業

 

月曜日に(1)のニュースを見て、その翌日には(2)の記事が上がってきた。正直に言うと、(2)の「タレントや有名人の発言に共感の声多数」という記事を見て(何やら)気持ち悪いと感じた。直感的に。

 

私は、ネット上で意見が片方だけに盛り上がる場合は、いつもそうとう疑って見ることにしている。「考え方が片方に偏ることなんてあるわけない」と常日頃思っているから。

 

ネットというのは、両方の立場の意見があって、「あーでもない、こーでもない」と「意見を戦わせる場」としての役割が大きいと思うし、それがネットの役割の全てかもしれない。話を1つにまとめることに意味はなくて、議論をし、その議論を多くの人が見て、感じて、そしてその結果、見ていた人自身で「自分はどう思うか」という考えを持つ。そのプロセスが大事であり、そのプロセスを形成するのにネットを活用しているのではなかったのか?

 

(2)の記事で、このネタが尻つぼみしていったら、おれはもう「(最近の)ネットなんてクソだな」と思うところだった。ただ本日になって、(3)「子供の泣き声にすげえいらいらする側の意見」という記事を目にすることができてホッとしたし、とても自分の気持ちを納得させる濃い內容だった。境遇は違えど理屈としては筋が通っていると思う。(この記事がHatena Blog betaから出てきたことも、ちょっとうれしかったり)

 

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私には小さい子供がいるのだが、だからこそ思うことがあって。

 

それは「子供は宝だから大人は我慢しよう、暖かく見守ろうぜ」的な、一方通行的な空気は大嫌い。「子供なら何をやっても許される」なんて、そんなわけはない。もちろん子供が悪いのではなく、その場に連れてきている親が悪いのですけどね。

 

私自身は気密性の高い公共交通機関を使った旅行や移動は、子供が1歳・2歳の頃などはもちろん遠慮した。新幹線でどうしても移動しないといけない時は、万が一泣き始めたらデッキに出れるようにいつも準備をしていた。とにかく、周りの人には最新の注意を払ったし、それが当たり前だと思っていた。公共交通機関であり、かつ、気密性の高い乗り物に関しては、まずはその乗り物で移動しなければならない緊急性を再考すべきだと思う。緊急性が低い場合は子供が大きくなってからいくらでも使えばイイわけだし。

 

私がこういう考えになったのは、むしろ、自分に子供ができてから。自分に子供がいるから、だから公共の場所での周りの援護は涙が出るほどありがたいし、子供が騒いだり泣いたりすることを許容してくれたら助かることは多いと思う。

 

だけど、許容範囲っていうのが人によってあるよね。どう感じるかも人それぞれ。少なからず「不快な思いをさせている」という想像は常にし続けるべきだと思う。私だって、子供ができる前とその後では随分変わったわけだから。そのくらいの感じ方の違いがあることは、自分でわかっているから。

 

子供がいる親は、どのくらい迷惑をかけるのかを全力で想像してから行動しないといけない。よくしてくれた人には感謝の気持ちを忘れない。そしてその与えられた「ありがとう」を、次にあなたが誰かにしてあげる。

 

社会に接して生きていくというのはそういうことなんだと思う。みんなで同じ空気や場をシェアして生きていく。子供自身ではなく、その子供をその場所に連れて行く親の意識の問題かな、と私は思ったけど。

 

以上。