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商店街、街並み、旅先で出会った瞬間を夢中になって撮っています。名古屋。

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【雑記】移動するスピードを落としてみる

Station

最近、車での移動を極力減らすようにしています。減らそうとしているというよりも、他の移動手段を好むようになった。車ではなく電車、自転車、徒歩へ。

 

今日も天気が良かったので、今までなら車で出かけていた場所へ、電車で行った。車のほうが移動は楽だし、おそらくお金もかからない(ガソリン代だけを考えた場合)。楽だし経済的かもしれないけれど、それでも「徒歩+電車」で行きたくなった。カバンにカメラと水筒をつっこんでね。楽しかったですよ。ハイキング気分で。

 

車で移動している間の時間って、消えていく時間なんですね。運転している時間は運転に集中しますよね。例えばですけど、考え事をしたり、急に立ち止まって看板をながめたり、写真を撮ってみたり、そういうことって厳密にはできないですよね。移動時間という名前なのだけど、今思うと、その時間というのは失われていく時間だったんだな、と思えます。

 

今日、電車と徒歩で移動していて思ったことがあります。この移動中の時間がすごく心地いい。いろんな考え事ができる。電車の中ではつり革広告を眺めることもできる。家族と会話もできるし車窓からの風景をぼーっと眺めることもできる。徒歩の時間になると、匂いや空気を肌で感じることができるし、立ち止まって写真も撮れる。この移動時間というのは、今日一日の中で、得るものがある時間になるんですね。

 

移動するスピードがある限度を超えると、脳の処理能力の限界を超えるのかな、って思います。運転している時は、運転以外のことについては思考が停止するのではないかな、と思う(どの程度の思考が停止するかは個人差も大きいとは思うけど)。

 

私が最近、電車移動や徒歩移動を好むようになった理由は「できるだけ思考を停止させたくない」ということを本能的に感じているからかもしれないなあ、と自己分析しています。

 

私はテレビをダラダラ見るのがとても苦手です。だけど、ラジオを流しておくのは好き。この話も「車移動」と「電車移動」の話と似ており、テレビは視覚と聴覚を強制的に奪うことで思考停止をさせるからではないかと思っていて。だから私はラジオ派です。ラジオのニュース解説番組なんかもけっこう好きで、聴きながら自分の知識に足してみたり、考えさせられたり、ツッコんでみたり。

 

脳はいつも、ある程度は開けておきたいんですよね。「何か」で脳を埋め尽くされるのはとても窮屈なので。そんな状態では新しい発想もアイデアも生まれにくい。

 

移動するスピードを落としてみて、詰め込み過ぎた脳を開放してあげることはオススメです。

 

追伸:

”しだれ梅”を見て来ました。ほっこりした。春は「桜」っていうイメージしかなかったけど「梅」も良いですね。

▼しだれ梅1

Weeping_plum_6

▼しだれ梅2

 

Weeping_plum_3

▼しだれ梅3
Weeping_plum_8

  

以上。