Sakak's Gadget Blog

商店街、街並み、旅先で出会った瞬間を夢中になって撮っています。名古屋。

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【ガジェット】スマートフォンを持たなくなる日

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Gadget blogというタイトルを付けておきながら、こんなことを言うのも何なんですが、自分はこの先、スマートフォンを持たなくなる日が来るんじゃないか、と思えてきたんですよね。「スマートフォンの人気がなくなる、みんなが持たなくなる」という意味ではありません。私自身が持たなくなるかもしれない、という意味です。

 

スマートフォンを持たないといけない理由?

私はスマートフォンが手元にあれば使いますけれども「なければ何か困るのか?」という問いに答えがなかなかでない。SNSTwitterなどの各種サービスにログインしていると、メッセージが来た時などに画面に通知が出ますよね?それって、出歩いている時に見なくちゃいけない情報か?って言われると、ぜんぜんそんなことはない。どうせ返事は、家に帰ってからPCで返したりするものなので。でも、通知を見れば目がいきますよね。気にならないといえば嘘になる。そうして、自分の思考をスマートフォンが遮ることが、少しづつストレスになってきたんです。

 

■電話機をコンピュータに置き換えたい人とそうではない人

タブレットは、PCの作業の一部を置き換えるデバイスとして、非常に有効だと思います。特に、コンテンツを作る作業をしない人であれば、もうPCは要らないかもしれない、とさえ思う。だけど、スマートフォンはタブレットとは(作りは同じなのに)ちょっと違う。何かの置き換えではないと思うのです。スマートフォンは、いわゆるガラケーと呼ばれている携帯電話を置き換えるデバイスではない、と思うのです。スマートフォンは小型のコンピュータです。電話機をコンピュータに置き換えるべき人と、「そんなものが必要ない」「むしろコンピュータに置き換えられると不便だ」と感じる人が確実にいるはずです。そういう人の声がかき消されている今の状況は異常とさえ思えます。

 

今の通信キャリア(ドコモ、au、ソフトバンク)は、スマートフォンに変える必要のない人の声を、完全に無視している。携帯電話のラインナップって、見ればわかるけど、ほとんどないですよ。2,3機種くらいじゃないですか?彼らはもちろん携帯電話を売る気はないです。自分たちの商売しか考えていないので。スマートフォンに機種変更してもらわないと困るから、です。パケット代が彼らの収入源です。スマートフォンに機種変更してもらえば、もれなくパケット定額にしてもらえる。通信費が2~3倍になりますかね。だから、何が何でもスマートフォンに変えてもらいたいんでしょう。

 

■「より便利に」を求めつづけた結果

今にして思えば、「デジタルガジェットの登場で我々の生活が便利になる」という進歩は、携帯電話の登場あたりで、一段落したのではないか?とさえ思います。もうすでに、誰にでも簡単に便利に使えるようなものは出揃ってしまった。ここから先は、使う人を選ぶようなモノが出てくる。

 

洗濯機とスマートフォンの連動」とか「冷蔵庫がEvernoteを搭載」とか、本当に必要ですかね?もうすでに「誰にでも必要なものが出揃ってしまった」と思いませんか?

 

スマートフォンの登場が、多くの人にとって「便利になる」「効率が良くなる」「楽しくなる」を後押ししているとは思えない。そういう人がいるのは事実だけど、そうじゃない人もたくさんいる。そんなものが必要ない、もしくは、そんなものがあることで「何かを失っている人」がたくさんいる。「何かを失っていることに気づいていない人」もたくさんいる。

 

「コンピュータを持ち歩く」「ネットワークに常時接続している」「自分の行動や言動をネットワーク上にアップロードし続ける」こういう今までやっていなかったことをやるという意味を、ここらで少し考えたほうが良いかもしれないかな、と思う。

 

■今までの時代、これからの時代

今までの時代は、情報を取りに行くためにいろいろなアクションを起こさなければいけなかった。これからの時代は、イヤでも情報が飛び込んでくるようになってしまった。情報を自分からシャットアウトするというアクションが、これからの時代に必要になるのだろう。

 

そのためには自分に必要のない情報に触れなくてもいいように、情報源となるデバイスを家において出かけるということも手かな、と私個人は思っています。

 

スマートフォンを操作している時間は、スマートフォンがなかった時代には何をしていたのかと考えると、友人や家族とおしゃべりしていたり、ぼーっと考え事をしていたり、そういう時間だったと思うんですね。そういう時間は決して無駄ではなかったと、今ではよく思うんです。

 

以上。