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【ネット全般】ネット上での評価をどう捉えるか

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“つながり”から抜け出せない - NHKクローズアップ現代(10/22放送)

「ネットの世界から抜け出せない、ネットに生活が振り回される、強いストレスを感じる」などなど、様々な問題が起きているようだ。「ネット上での評価をどう捉えるか」という考え方が、1つの鍵になるような気がしている。

 

ネット上で評価される(褒められる)というのは、非常に気持ちの良いものだ。今日、初めて出会ったどこの誰かもわからない人が自分のことを褒めてくれるのだ。褒められて嫌な気分になる人はいない。ネット上に何かをアップロードするということは、褒められることをどこかで期待しているわけであり、そのレスポンスがあった時、それが大きければ大きいほど、もっと大きな評価をもらえるような動きになるのは自然だ。そうしてどんどんハマっていく。

 

「寂しいから誰かとつながっていたい」という気持ちよりも、「誰かに評価されたい」「もっと多くの人に評価されたい」という気持ちのほうがネット依存の根本原因に近いのではないかと私は見ている。非常に興味深いと思う。

 

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ネットの誰かに評価される。ネットの誰かに褒められる。それをどう捉えるか。自分の中で、ネットの評価をどう位置づけるか。よく考えたほうが良い。

 

自分の「つぶやき」がリツイートを多数もらったからといって、それが何なのか。自分という人間が褒められたことと、どういう関係があるのか、ないのか。

 

評価が次へのモチベーションになり、どんどんネットにアクセスする時間が長くなり、その分、生活時間の何かが削られていく。

 

まずは、ネットの評価というものが「絶対的な価値を示すものではないんだ」と自分自身が理解することが必要なんだと思う。評価が多かった、少なかったという変化で、”自分がネットでそもそもやりたかった事”がブレないように。

 

「リツイートが多い」「いいね!が多い」からといってそれが何だろうか?注目度の1つの指標に過ぎない。本当に良いものを、みんなが知っているとは限らない。本当に良いものは、自分だけが知っていればいいでしょう?それをいつでもどこでも、みんなに知らせる必要もないでしょう?その情報が好きすぎて、みんなに知らせたくない情報だってあるでしょう?

 

やたらめったら自分が見つけた情報をバケツリレー(リツイート、シェア)していく様も、冷静に考えれば異様に思う。誰のために何のためにそれをやっているのか、と。

  

これから私は、今まで何気なくやっていたネット上のアクションを一つ一つ見直していこうと思っている。「何のためにやっているのか」「本当に自分がやりたいことか」「こんなことをしていて後から振り返った時に何か自分に残るのか」。

 

最近、ネットにアクセスする時間が減ってきた。ごく自然に。ひっきりなしに情報を流してくるスマートフォンも、徐々に目を落とさなくなっていってる。週末は電源を落として出かけることもある。

 

ネットの評価について、ネットとどのように接していくのか、ただ流されるのではなく、意味を考えていきたいと思う。そうしないと、きっとこの先後悔することになる。

 

以上。