私が撮りたい街並み、撮りたい商店街、撮りたい人がいる。
その街に「何もない」のか「何かがある」のかは、見る人の感性で「見えているか/見えていないか」の違いだと思う。
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時代背景を考えると、この街の良さが今の時点で大勢の人に見えていなくても仕方がないことだと思う。「この街の良さ」は、少々わかりにくいところに落ちているから。
それで良いんじゃないかな?とも思うんですけどね。大勢の人に見てもらう何かをする必要もないと思っています。感性が近い人は、徐々に気づいていくはずなんです。この街の良さとか、美しさとか、カッコ良さとか。
感性が近い人同志が惹かれあう媒介の一つに「写真」があると思っています。写真という媒介を通じて、感性と感性をクロスするようなことができたら、なんか良い化学反応が起きる気がするんですよ。
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写真✕人✕商店街。
「商店街に何があるのか」と問うのではない。「写真✕人✕商店街」がこんなにも美しいということを、どこかで誰かが思ってくれたら、私はそれでいいです。
何もないけど心惹かれる街並み
「窯垣の小径」ではなくても、尾張瀬戸の駅前付近でも、この街並みを見かけることができる。こういう風景が当たり前にあるところが、私はすごく好きなんです。
せと銀座通り商店街、noveRugaの飯島さん
今回も、飯島さんと商店街とその周辺を散歩させてもらった。
写真を撮りながら、その商店街のお店のことや昔話や、いろんなエピソードを聞かせてもらった。
商店街で生き、そこで暮らす人の数だけ歴史があり、人生がある。
その「深み」みたいなものに、私は惹かれている。
せと末広商店街を、この商店街で生きた飯島さんと歩く
一緒に歩いていると、飯島さんに挨拶したり、声をかけてくる方によく出会うのですね。写真を撮ってみて思うのは、「やっぱりこの場所は飯島さんがよく似合う。似合うに決っている」ということです。
他の誰かではダメなんですよ。商店街をずっと見てきた飯島さんが一番良く似合うんです。あとは、私の写真の技術が足を引っ張らなければいいだけなんです。
飯島さんの手のひらに、黒いトンボ(羽が4枚)が止まっているんです。ものすごく見難いですけど、目を凝らして見てくださいね。
店が閉まった後のアーケード商店街というステージ
最高のステージだと思います。スポットライトの当たりかた、とか。ファインダーを覗いていて、ゾクゾクしました。
美しいです。何もかもが美しい。
瀬戸の街の夜が更けていく
商店街の周辺も、光り輝く場所がある。
この季節は、日が暮れてからの夜風がとっても気持ち良い。
カメラを片手にぶらぶらするのには、一番良い季節かもしれない。
今週のお題「2016上半期」
2016年を振り返る余裕がない。というか、今年の始めの記憶がもうすでにない。
今、目の前にあるもの。
今、興味があること。
それが、このページに全部入っているような気がした。
写真✕人✕商店街。
このキーワードで、なにかできたら楽しいな、と思っている。
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以上。