
広島旅の2日目。
朝、窓の外を見て、思わず言葉を失いました。そこにあったのは、昨日までの景色を一変させるほどの、凄まじい雪でした。当初の予定を入れ替えて、1日目に宮島へ行っておいて本当に良かった。そう確信すると同時に、この「雪の広島」が、忘れられないほど強い印象を私に残すことになる──そんな予感もありました。
2日目は、平和記念公園と資料館を、じっくりと歩きます。
八丁堀から平和記念公園へ
朝から、雪がしんしんと降り続く天候でした。


路面電車を降り、本通商店街を抜けて、平和記念公園へ向かいます。

雪が際立たせる、原爆ドームの「画力」
八丁堀から平和記念公園へと向かう道中、雪はさらに勢いを増していきました。
公園に到着した頃には、あたり一面が白銀の世界。その中に佇む原爆ドームを目にした瞬間、言葉を失うほどの存在感に圧倒されました。
何度も写真や映像で見てきたはずの姿です。けれど、降りしきる雪の中に立つその骨組みは、いつも以上に無機質で、それでいて何かを強く訴えかけてくるような、凄まじい存在感を放っていました。寒さに震えながらも、気がつけば夢中でシャッターを切り続けていました。



昨日、宮島まで運んでくれた船が、川を航行していました。凄まじい雪の中、その光景は、いつもとは違う特別なシーンに見えました。



「悲惨だった」で終わらせないために ── 広島平和記念資料館


雪を避けるようにして入った広島平和記念資料館では、気がつけば数時間が経過していました。展示の内容は、まさに「息を呑む」という言葉がふさわしいものでした。被害の状況、残された遺品。それら一つひとつの「解像度」があまりにも高く、当時の熱量や痛みが、時を超えてダイレクトに心に迫ってきます。
しかし、今回、私が最も深く考えさせられたのは、展示の後半部分でした。「なぜ、こんなことになったのか」その動機、そして投下に至るまでの決定プロセス。
そこには、感情論だけでは片付けられない、構造的な問題や歴史の分岐点が示されていました。「悲惨だった」という感想だけで終わらせてはいけない。なぜこの道が選ばれたのかを理解し、自分なりに問い続けていきたい。
30年以上、ITという理論の世界に身を置いてきたからこそ、その「決定の重み」を、改めて自分の中に落とし込みたいと感じました。


記憶を繋ぐ場所、レストハウスでの休息

冷え切った体を温めるために立ち寄ったのは、公園内にある「広島市平和記念公園レストハウス」でした。ここは、かつての「大正屋呉服店」。1929年に建てられた被爆建物で、2020年にリニューアルされた場所です。
レトロモダンな空気感が漂う空間で、コーヒーとワッフルをいただきながら、窓の外に舞う雪を眺めました。被爆という壮絶な歴史を抱えながら、いまはこうして人々が憩う場として再生している。その時間の積層に、広島という街の強さを感じずにはいられませんでした。

2日目のごはん
- へんくつや(平和記念公園南)
公園の南側にある老舗。雪の中、熱々のお好み焼きは最高のご馳走でした。昨夜の「みっちゃん」とはまた違う、職人技を感じる一枚。


- ホテルのラウンジ
夜は駅直結のホテルに戻り、ラウンジでゆっくりと食事をしました。
雪の影響で外を歩き回るのは大変でしたが、駅直結の利便性に救われました。窓から見える雪の広島駅を眺めながら、今日一日で受け取った感情を整理する、穏やかな時間。
「がんす」という広島の名物があり、お好み焼き屋さんでよく見かけていたのですが、ラウンジにもありました。とても気に入って、いろいろなところで食べてみました。
完全に、私の好きなやつです。
がんすとは、主に広島県で食されている魚肉練り製品。魚カツの一種である。
そのままか焼いて食されるほか、卵とじにした丼物や、うどん・そばの具などとして使われる。
── Wikipedia「がんす」

振り返って
19年ぶりの広島。雪の平和記念公園は、静かで、冷たく、けれどどこまでも熱い教訓を投げかけてくれました。
明日はいよいよ最終日。この旅で感じた「人の温かさ」と「歴史の重み」を、もう少しだけ深く味わってみたいと思います。
使っていたカメラとレンズ
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α7Ⅲ + SEL55F18Z
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iPhone 15 Pro Max
今回の旅の記事
以上。