
はてなブログを書き始めて、もうすぐ15年になることに、最近になって気づきました。(2011年11月からなので、改めて考えると、ずいぶん長い時間です。)
まずは、この場所に感謝を。
そして何より、このつたないブログ記事を読んでくださっているフォロワーの方々、ブロガーの皆さんに、感謝したいと思います。
いつもは写真だけ載せて、言葉は最小限にしているこのブログですが、今日は少しだけ、自分のことを書いてみようと思います。
たぶん、長くなります。でも、今なら書ける気がしました。
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人生を振り返ると、いくつかの「層」が見えてくる
自分の人生を振り返ると、連続した一本の線というよりも、いくつかの「層」や「時代」が折り重なっているように見えます。
第一期
20代中盤〜30代前半(1995〜2002)
インターネット上のコミュニティで遊ぶことに明け暮れていた時代。
第二期
40代中盤〜50代前半(2011〜2019)
写真にのめり込み、写真を通じて人とゆるやかにつながっていた時代。空白だった時間を抜け、ようやく外の世界と向き合えるようになったのも、この頃でした。
そして、この時期に、はてなブログを書き始めています(2011年)。はてなブログがあったからこそ、写真の面白さに気づけたのだと思います。
第三期
50代前半〜現在(2019〜)
技術ブログを書き始め、仕事の棚卸しをしながら、社外の知や視点を取り入れることを、素直に楽しめるようになった時代。
その都度、自分なりに選択してきたつもりです。流された部分も、逃げた部分もありますが、それでも「自分で選んできた」という感覚だけは、確かに残っています。
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選択肢は無数にあったはずなのに
若いころは、「人生には無限の可能性がある」と信じていました。実際、分岐点はいくつもあったと思います。でも、この歳になると、自分が持っているポテンシャルの最大値も、なんとなく、冷静に見えてきます。
そう考えると、どの道を選んでいたとしても、結局は似たような場所に立っていたのではないか。そんな気がしてくるのです。
それは諦めでも、達観でもなく、「そういうものだったのかもしれない」という、静かな納得です。
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『ブラッシュアップライフ』を見ながら思ったこと
ドラマ『ブラッシュアップライフ』が好きです。
主人公が記憶を持ったまま人生を何度もやり直し、市役所職員、薬剤師、研究者、テレビ局員、そして(親友を救うために)パイロットなど、さまざまな人生を選び直していく物語です。子どもの頃にこの話を見ていたら、「別の人生を選べる」ことに、きっと胸が高鳴ったと思います。
でも、ある程度人生を生きてから見ると、まったく違う感想になります。
結局、人生は「なるようになっている」。分岐点での判断ミスも、迷いも、回り道も、すべて含めて、その人の人生なのだと。
「あのとき、別の道を選んでいたら」そんな思いは、誰にでもあります。
でも、最終的にたどり着く場所が大きく変わらないのだとしたら、人生は、もう少し肩の力を抜いて生きてもいいのかもしれません。
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若い人に、どうしても伝えたいこと
ありきたりですが、結局この二つに尽きます。
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失敗を、必要以上に恐れなくていい
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人とのつながりを、雑に扱わないでほしい
どちらも、あとになって、じわじわ効いてきます。
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25年前の自分と、目が合ってしまった日
昨日、偶然、25年ほど前のメールを読み返しました。ちょうど、30歳前後の頃のものです。当時の私は、複数のコミュニティに属し、毎日のように大量のメールをやり取りしていました。
でも、その内容は……正直、驚くほど薄い。いま読み返すと、少し恥ずかしくなる部分もありました。
社会や人生を理解する解像度は、圧倒的に低かったと思います。人とつながっているつもりで、本当の意味での経験は、ほとんど積めていなかった。
インターネットの怖さは、「自分の見たい世界だけで完結できてしまう」ことだと思います。情報量は多かった。コミュニケーションも多かった。でも、自分の人生の厚みは、あまり増していなかった。
それでも今は、この遠回りも、必要だったのだろう。そう思えるようになりました。
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成長が遅れた自覚と、残っているもの
自分は、一般的な大人よりも、成長が遅れているのではないかと思っています。20代後半から30代前半にかけての、約10年分が、どこか欠落しているような感覚があります。
実際、その時期の記憶は、あまり鮮明ではありません。
あまりにも多くの情報と、人とのコミュニケーションに身を置いていたこと。そして最終的には、自分が蒔いた種によって、自分自身を追い込むような形で、いくつものショックな出来事が重なったこと。
その結果なのだろうと、今は自己分析しています。
自己防衛本能が働き、脳が自分を守ろうとしたのかもしれません。その副作用として、一連の出来事の前後関係が曖昧になり、記憶そのものが抜け落ちたり、薄れてしまった。
当時のメールを読み返していて、改めてそれを実感しました。覚えていない人とのやりとりが、驚くほど大量に残っていたのです。もしかすると、その頃、脳の成長に関わる何かが、コールドスリープしていたのかもしれません。
壊れないために、いったん止まり、静かに時間をやり過ごしていた――そう考えると、少し腑に落ちる部分があります。
一方で、その「止まっていた時間」を思うと、取り戻せないものが確かにあったのではないか、という怖さもあります。もし別の形で乗り越えていたら、今とは違う景色が見えていたのかもしれない、と。
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でも、最近は、こうも思います。
その分、頭のどこかが、まだ若いまま残っているのではないか、と。コールドスリープしていたものが、少しずつ、解凍されるように動き出している感覚があります。凍っていた時間が、ようやく現在につながり始めた――そんな感じです。
体は年相応です。
けれど、
「何かをやりたい」
「もう少し深く知りたい」
そんな衝動は、実年齢よりも、少し若い世代のそれに近い気がしています。
それが救いなのか、あるいは、遅れてきた宿題なのかは分かりません。ただ少なくとも、いまも前に進もうとする力が、自分の中に残っている。そのことだけは、確かなようです。
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定年が近づいても、終わる気配がしない理由
仕事の話になると、それはさらに顕著です。もうすぐ、一般的な定年が見えてきました。でも、不思議なことに、「もう十分やった」という感覚が、あまりありません。
それは、会社が好き、仕事が好きというよりも、学びたい気持ちが、まだ自分の中に残っているという感じです。まだ見ぬ景色を見てみたい、という欲求です。
若いころに使い切れなかったエネルギーが、いま、少し遅れて表に出てきているのかもしれません。
「遅いよ」と言われそうですが、遅れてでも、湧いてくるものがあるのは、悪くない。
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そぎ落とされて、残ったもの
いま、手元に残っているのは、
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家族。
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趣味と仕事(IT)、ブログ、バスケットボール。
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数は少ないけれど、大切な友人・知人。
この三つです。
たくさんの選択肢や環境があったはずなのに、必要なものだけが静かに残り、それ以外は、時間とともに、自然に手放されていきました。
だから、「結局、同じところにたどり着く」という感覚が、いまの自分にはあるのかもしれません。
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人生と社会の「深み」に触れる、その入口で
特別な結論はありません。平凡ですが、これが、いまの自分です。
もしかすると、ここはゴールではなく、人生や社会の深みに、ようやく気づき始めた入口なのかもしれません。
そう思えるようになったこと自体が、15年ブログを書いてきた、ご褒美なのかもしれませんね。
2025年 冬。今、私はここまで辿り着きました。
ケイスケ
追伸:2014年に辿り着いたのはこちら(過去記事)でした。