▼投稿サービスを考えるとき、「文字を極力使わない」のが今後の主流になる? - nanapi社長日記
この記事を読んだ正直な感想としては、「私の感覚とは違う」でした。文字を使うコミュニケーションって、もう、おそらくこのまま主流であり続けるんじゃないかとさえ思うからです。
私が初めて電子メールを使ったのは、1987年でした。パソコン通信を始めたときで、まだ大学生になったばかりの頃でした。今から25年以上前の話ですね。その25年前の時点で、すでに電子メールというものは、パソコン通信をやっている人たちの中ではコミュニケーション手段の主力として存在しており、チャットということも実現できていた。あの頃の自分に「25年後の未来はどういう方法でコミュニケーションをしていると思う?」と聞いたらなんと答えるだろうか?テレビ電話とか、(スター・ウォーズのレイア姫的な)ホログラムとか?って答えたかな。
そして25年たった今、どうなっていますか?相変わらずメールはなくならないし、LINEっていわゆるチャットでしょ。けっきょく文字によるコミュニケーションなんですよね。なんだか、良くも悪くも衝撃的なんですよね。そこは変わらないんだ・・・ってつくづく思う部分です。「もっと未来的な何かであってほしかった」っていう残念な気持ちも少しはあるのだけど、でも、まあ、いろいろ考えると、文字コミュニケーションって、やっぱりすごいと思うし、納得できるものでもあります。
文字コミュニケーションについて、この記事の中には「表現方法として情報量が少ない」「書き手、読み手ともに負荷が高い」と書いてあります。要は「手間がかかるわりには伝わる内容が少ない」「写真や動画を使ったリッチなコミュニケーションに変わっていく」と。
そうは思えない部分があるんですよね。変わっていくのが必然だったら、もっと早く変われたはずなんですよね。文字コミュニケーションが、リッチなコミュニケーションに変われない、変わらない理由があるはずなんですよね。
文字は、扱う人の技量を求められるんですよね。書く人も読む人も。手間をかけずに、何の責任もとらないような安い文字を書けば、読んだ人も、それなりにしか受け止められない一方で、ものすごく手間ひまをかけて、心のこもった文字を書けば、読み手の心に突き刺ささったりするわけですね。
文字コミュニケーションは、これからますます重要になってくると思うわけです。文字には「人となり」がにじみ出るし、キラリと光るセンスを感じることができるからです。
写真や動画、音声のメッセージとか、そういう、いろんなコミュニケーション手段が増えるのはけっこう。使える選択肢が増えるという意味では、そうなるでしょう。技術が進歩しているのだから、そうなって当然です。
ただ、人間はそれほど進化してませんよ。コミュニケーションが、人と人とである以上は、文字というインタフェースは、やっぱり最強だと今は思います。
だから、文字・言葉をちゃんと使える人間でありたいと思います。気の利いた言葉は言えないかもしれないけれど、丁寧にわかりやすい言葉を、間違えのないように使える人間でありたい。
▼LINE世代は「返信」をしない!? 「KS(既読スルー)」でコミュニケーションが変わる(五百田 達成) - 個人 - Yahoo!ニュース
「今の若い世代は・・・らしい」的な記事に関しては、私はわりと否定から入ります(笑)。そんなわけないだろう、と。そもそも、私自身、若い人たちと日常生活で接することはほぼないので、判断がつかないんですけどね。ただ、コミュニケーションがすべてLINE内で完結していて、「既読スルー」は「賛同しないという意味」などというルールだとは、信じられないし、アホかとも思いますね。人としてどうか、とも思うし。
まあ、とにかく、10代の子たちが日常的に激しくコミュニケーションを取ることって、昔からあった話であって、その子の人生という長いレンジで見れば一過性のものだと思います。社会に出てくれば適正化されると思います。そこはあまり心配してない。
ただ、それよりも、「気持ちを文字に込めて相手に伝える」というテクニックは、若いうちからやっぱり磨いたほうがいいと思うのですよ。文字を使うコミュニケーションがより重要になってきた時代なので。
ネットの先にいるのは、目に見えない相手ですよね。その相手がどんな人なのか、どんな気持ちか、相手の綴った文字から読み取り、それに返事を書いてみたり。メールとか、ブログとか、とにかく、文字を綴っていくツールでもっとも大切なのは、想像力とか気配りだと思うんですね。自分の文字で誰かを傷つけたりしないか、誤解されないか、そういうことを一生懸命考えることが、ツールの使い方を覚えることよりもずっとずっと大事なことなんだと私は思います。
以上。