
これまでに撮りためてきた、思い出深い駅の写真を並べてみました。
あらためて見返してみると、不思議なことに「駅」や「電車」が写り込んだ写真ばかりです。一年、あるいは数年分の記録を振り返って、ようやく気づきました。写真を撮るようになるまで、自分でも意識していなかったことですが――あぁ、私はきっと、電車や駅という場所が好きなんだな、と。
自分の「すき」が、少しずつ形になって見えてくる。それは、写真を趣味にする醍醐味のひとつかもしれません。自分が好きなものしか、うまく撮れないし、撮りたくない」そんな不器用で、でもまっすぐな想いが、シャッターを切る指先には、いつもこもっている気がします。
移りゆく季節のなかで、駅舎や、そこを行き交う人たちに出会う。そこに暮らす人にとっては見慣れた「日常」でも、旅人である私にとっては、二度と出会えない「特別な瞬間」です。
東京の駅で、光と影に立ち止まる
東京の駅は、光と影がドラマチックに交差する場所です。無機質な構造物のなかに、ふと人間味のある瞬間を探してしまいます。
東京/東京テレポート駅
吸い込まれるようなシンメトリー。近未来的な通路を歩く人々のシルエットが、どこか物語のプロローグのように見えました。

東京/池袋駅
都会の喧騒のなか、一瞬だけ訪れる静寂。ホームに滑り込む電車の質感が、都会の朝を象徴しているようでした。

街と駅が溶け合う場所
駅に降り立つと、そこにはその街特有の「匂い」があります。潮風だったり、生活の音だったり。
神奈川/白楽駅
商店街の先に、ふいに現れる踏切。街と駅が境界なく溶け合っている、この空気感がたまらなく好きです。

神奈川/小田原駅
鮮やかな色の特急列車。出発を待つ運転士の背中から、旅の始まりの高揚感をお裾分けしてもらった気分でした。

江ノ電のある風景は、やっぱり特別
鎌倉の駅には、独特の「時間の流れ」があります。とくに江ノ電の走る風景は、いつ訪れても胸が高鳴ります。
鎌倉/鎌倉駅
レトロな車両がホームに入ってくるだけで、映画のワンシーンが始まってしまう。そんな魔法が、この駅にはかかっています。

鎌倉/鎌倉高校前駅
踏切の向こうに広がる青い海。世界中の人がこの景色に恋をする理由が、ファインダーを覗くとよくわかります。眩しすぎる光のなかで、波の音と電車の音が重なる瞬間。




京都の駅は、大きな舞台装置
京都の駅は、それ自体が巨大な舞台装置のようです。モダンな建築美と、季節が運んでくる自然の美しさが、違和感なく共存しています。
京都/京都駅
巨大な吹き抜けを見上げると、吸い込まれそうな空が見える。現代的な構造物の隙間から、京都という街の誇りが透けて見えるようでした。




京都/貴船口駅
山あいにひっそりと佇む駅。初夏の青もみじ、あるいは秋の紅葉。季節が色を深めるたび、オレンジ色の車両が緑のトンネルを抜けてくるのを、つい待ってしまいます。


京都/東福寺駅
どこまでも続く線路。ここからまた別の場所へとつながっているという、当たり前でいて不思議な「鉄道のつながり」を感じる風景です。

西の街に流れる、やさしい時間
広島の駅には、どこか懐かしく、それでいて凛とした美しさがあります。
広島/尾道駅
黄色い電車が、瓦屋根の街に溶け込んでいく。坂の街の入り口にふさわしい、穏やかな光に包まれていました。

広島/福山駅
新幹線ホームの真下にある、山陽本線の静かな空間。頭上から差し込む光が、柱と線路を幾何学模様に染め上げる瞬間を狙いました。

広島/胡町(えびすちょう)駅
ビル群のあいだを抜けてくる路面電車。街のなかに、当たり前のように電車がいる風景は、何度見ても飽きることがありません。

日常のなかにある、自分だけの「すき」
最後は、私の日常に近い場所。何度も通り過ぎ、何度も見送ってきた風景です。
疾走する新幹線。夕暮れを待つホームの親子や学生たち。何気ない日常の景色も、カメラを通すと特別な一場面に変わります。
暑かった日、凍えるほど寒かった日、雨がホームを濡らした日。その前後の時間の流れまで含めて、鮮明に思い出されます。







駅って、いいですね。人が行き交う「結節点」だからこそ、ふとした瞬間に、忘れられないドラマが生まれるのかもしれません。
次はどの駅で、どんな光に出会えるでしょうか。私の「すき」を巡る旅は、これからも続いていきます。
ケイスケ