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商店街、街並み、旅先で出会った瞬間を夢中になって撮っています。名古屋。

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【時事】ネットの悪ふざけというゲームを楽しむ若者たち

Station

ネットの悪ふざけのニュースが後を絶たない。その背景にあるもの、これからのことを考えてみたい。

なぜ、繰り返されるのか

若者たちが「ネットサービスの使い方」や「ネットの影響力・拡散力」を知らなかった、ということだけではないのだと考えている。ネットの記事で「LINEとTwitterの違いをわかってない」みたいな内容を読んだのだが、そういう「使い方/仕様の理解」のレベルではないような気がしている。彼らは、使い方や公開範囲の仕様など、最初から興味は無かったのではないか?

そんなことはどうでもよく、彼らにとっては「ムチャでバカなことをして、笑いを取れるのかというゲームのつもり」だったのではないか?むしろ、自分たちの行為がネットを使って拡散していき、より多くの反響が得られることが嬉しかったのではないか?だから「他人に漏れるとは思わなかった」的な人はそれほど多くなく、ほとんどが「ウケればそれで良かった」ということなのではないか?

ルールを破っている俺ってカッコいいでしょ?

関連する記事をひととおり読んだが、ピックアップしたのは以下の2つ。どちらも同じ主旨のことが書いてある。

悪ふざけバイト店員はなぜ続出するのか?:若者の心理とネットコミュニケーションの罠(碓井 真史) - 個人 - Yahoo!ニュース

人は、インターネットを通して多くの情報を集めたいと思います。同時に、情報発信をしたいと思います。人前で面白いことをしたい人はたくさんいます。交通事故など目撃すれば、家に帰って家族に一生懸命話すでしょう。それが、ネットを使えば、もっと多くの人に情報発信できます。上手くすれば、大勢の人にリツイートされ、山ほどの「いいね」がもらえます。

これは、快感でしょう。人は、表現したがっているからです。でも、これは同時に罠にもなります。すばらしい芸術や、驚くような偶然に出くわせば、ネット上の人気者になれるでしょうが、そうでない人が簡単に「うける」方法のひとつが、「ルール違反」でしょう。ネットの反応が欲しくて、裸になってしまう女性もいます。危険な行為をしてしまう男性もいます。今回の悪ふざけも、その一つだったのでしょう。

ネットの悪ふざけ ルール違反ぎりぎりをみせる“芸”の模倣:ニュース&エンタメ情報『読めるモ』 

ツイッターには、フォロワー数、フェイスブックには「いいね!」の件数がある。ネット編集者の中川淳一郎さんは、この“数字”こそが悪ふざけ投稿を助長させていると指摘する。 「今の人気のステータスは、SNSで友達の数や“いいね”の数、RT数がいかに多いか、ということです。だから、みんな、どれだけ面白いことをして、どれだけコメントをもらえるかに腐心しているんです」

ネットが、この悪ふざけを助長しているのは間違いない。「こういうことをすると、その結果どうなるか、誰にどんな迷惑がかかるか」などという想像力は、もちろん彼らにはない。ウケるか、ウケないか、そこだけだ。ルールを破っている俺って、カッコ良いだろう?面白いだろう?ウケるだろう?ってことなんだろう。

 

「ルール違反をすることがカッコ良い」という価値観の相手に対して「何が起きるか想像力をつけさせる」とか「制裁を加えて反省させる」とか、そういう対応で本当にすべてがうまくいくだろうか?私は「ルール違反をすることがカッコ悪い」と感じさせる・理解させる何かが必要だと思うし、さらに言うと、「ネットで事件を起こしてしまうとそのログが永久に残り続け消すことができない」という決定的なことをしっかり伝えるべきだと思う。ネットというかっこうの遊び場を失うということの意味は、さすがの彼らにも理解できるはずだ。

Basketball

全ては大人が蒔いた種

今回の出来事は一部の若者が悪いという話で終わらせて本当にいいのか?とも思う。インターネットも、インターネット上のサービスも、スマートフォンをばらまいたのも、「イイね!」や「RT」や、そういうボタン類をサービスに付加して「数字が大きいほうが勝ち」みたいなルールを作って遊ばせているのも、全部大人でしょ?全て、大人が蒔いた種(たね)なんですよ。「若者だけのせい」にしちゃダメですよ。

 

その蒔いた種が目を出し、四方八方に伸び始めた。想定外な方向に伸びるものもあり、大人たちが慌てふためいているのが今の現状のように私には見える。これから、この種の「大人が想定していない事件」が次々に起こると思う。若者たち・子供たちに大事なことを伝えることができなかったのは、大人のせいですよ。

これからのこと

ネットと現実社会をどう生きるか。若者たち・子供たち自身は今、何を考えているのか。ネットがどう見えているのか。おそらく、親世代(40代、50代、60代)と、若者世代(10代、20代)とが、ネットに対する感覚が離れすぎていて、互いを理解し合えてないんだと思う。見えている景色がきっと違いすぎる。

 

そのへんの感覚の違いは埋めていきたい。そういう努力はしたい。私自身もそれを強く思う。40代の私だが、10代・20代の人たちと話がしたい。ネットがどう見えているのか、こういう事件についてどう考えるのか、自分ならどうするか。40代・50代同志が集まって「何があったんでしょうかね?」なんて話をしても、たぶん何にも出てきませんよ。世代の違うお互いが、全力で想像して、会話して、そこからどうあるべきかを作っていく必要があるように思う。

 

最終的に、ネットと現実社会のあり方を、「若者主導で」ルールとか運用とかを作ることになると思う。そうするべきだと思うし。

 

そのためにも、世代の違うもの同志が、こういうブログやネットサービスを通じて話ができると良いですよね。いつもそう思っています。

 

以上。